今日はちょっと真面目に鋼批判をやってみましょう。
あくまで個人的な意見なので、「ふーん」程度に読み流して頂ければ幸いです。
そして注意書きせねばなりません。
今日の話は壮大に電波を飛ばしてます。
はっきり言ってスピリチュアル臭い話です。
そういうのが嫌いな方は御遠慮下さい。
鋼の錬金術師はストーリーや画力はもちろんですが、何より作品を貫く頑としたエネルギーが見事な作品です。うっかりすると虚無に魂を流されかねない今の日本に産まれるべくして産まれた作品だと思うし、だからこそこれだけ多くの支持を得られているのでしょう。もちろん私も大変好きな漫画です。
ただ、現在の世相の反映らしく、あまりにも唯物主義的な所があって、それだけがどうにも私にはしっくり合いません。
中でも
全ッッッく受け付けられないのが、「魂」を利用する、という悪行です。そう、グリードも持つ賢者の石がです。
魂という存在がある、という客観的事実はまだ解明されていませんが、私はあると実感してます。「思います」なんてレベルではなくて、太陽が東から昇って、夕方に一番星の金星が輝き、
グリードが強欲魔王であるのと同じくらい確定的な事実として受け止めてます。
私は断じて特定宗教や特定人物の信者ではないし、スピリチュアリストでもありません。そもそもこういうのを実感するのに宗教なんているの?とまで思ってます。家に神棚を飾る程度のことはしますが、その部屋で大人のおねえさんむけ同人誌を読んでますから。
(アマテラス様だってストリップダンスの騒ぎを岩戸からこっそり覗こうとしたから、いいですよね♪<良いわけないだろ阿呆)
ただ、こういうのは客観的事実としてまだ解明されていないので、信じるも信じないも自己責任で、と思ってます。
腹の底から納得してから信用すればいいだけの話で、そこまで納得してないなら信じてはいけない、とすら思ってます。腹の底から納得もしてないのに曖昧に信じたら、カルトの餌食になりかねないので。
そういう意味で唯物主義も否定しません。見聞きできるものだけを信じてあとは疑う、という姿勢は客観的で良い姿勢です。疑って疑って徹底的に分析すればいいし、それを超えないと納得なんてできません。
恐らくですが、鋼のプロットを組み立てた段階の牛先生は唯物主義だったと思います。そうでもなければ「魂を合成して膨大なエネルギーを」などという恐ろしい発想ができるわけがない。
あくまで私の考えですが、魂はこの世の力でどうこうできるエネルギーではないと信じて疑いません。確かに肉体はどうとでもできますが、魂に手を出そうなど無駄です。
人が肉体だけの存在なら、なんで身を挺してまで他人を庇う人がいるのでしょう。
もちろん誰も彼もそうではないし、私もその度胸はありませんが
(情けないことですが)、そんな人は実際にいます。魂の叫びが肉体の保身に勝ってしまった人は。
もっと大きな話をすると、拷問喰らって殺される危険も顧みずに独裁勢力と戦う人たちは古今東西普遍的にいます。
たいてい、その戦う人間が権力側に回ると暗黒面に堕ちるという罠が作動しがちですが、それでも戦う時点では一切無欲で現状をなんとかしたいと願うだけ、というケースは多いです。
肉体を滅ぼすリスクも省みず、この人たちを突き動かすものは何でしょう。
そしてグリードも
(レベルはぜんぜん違いますが)魂の叫びに素直に応じる愛すべき怪物です。素直に魂の素性通りに生き、魂を一切曲げることなく身を滅ぼしました。本人はそれを強欲と言い張りますが、(まあ確かに欲張りではあるけど)それよりもっと深い普遍的なものに、魂に素直でした。
肉に魂が入っているから生物であり続け、魂が抜けたら死という状態になる、死というのはそういうものだと思ってます。肉体はこの世にいるための重要アイテムで
(ってアイテムかよ)、蔑ろにするなど断じて許されない事ですが。
人間は魂に手をつけることは一切できない、魂は存在の核で、どんな悪辣な勢力にも手が出せない、そう信じて疑いません。
人をナイフで刺して殺すことはできます。しかし滅ぼせるのは殻の肉体だけで、中身は傷ひとつ付けられない。閉じ込めて洗脳させることもできますが、そんなことをしても腹の奥の魂は絶対に納得しない。
・・・はい、電波ですねそうですね。
ドン退きされてないか、ものすごく心配です。
現在の科学技術でも生命の殻は作れますが
(それも、かなり簡単な技術で)生命そのものは創れません。人は生命の中身である魂が作れない。人が錬成できるのは肉体が限度なんだろうなぁ、と感じずにいられません。
そんなわけで、鋼の
「死の壁は乗り越えられないのに、魂を道具のように扱う世界」には到底納得いきません。肉体なら分かるし、現実世界にも脳死臓器移植という非道な荒業があります
。(これこそ現在の「賢者の石」だと思ってます。この話はまた後日に)
しかし魂に手をつけるなど言語道断です。魂をもの扱いする設定には全く納得いかないし、それこそ「原則」に違反した行為です。
もちろんこれは創作の物語ですが、創作ですら許されない思考だと勝手に憤ってます。
もちろんこれは個人的な憤りに過ぎないし、他人様に押し付ける気は一切ありません。
「鋼の錬金術師」という作品にはまらず、グリードだけに愛を注ぐのは、ひとえにこんな思考の人間だからです。
もちろん鋼は大好きな作品だし尊敬もしています。しかし、この一点のおかげでハマることはできない。こればかりは水と油のようなものなので、どうしようもありません。
・・・あーあ、とうとう書くことにこと欠いて披露してしまいましたよ電波な内部を |||orz こんなことを書くのは本家ブログだけにしとけばいいのに何をやってるんだ。
なんかもう、ほんまにすいません。
なお、グリードの賢者の石は、私の中で勝手に「人の命を固めたもの」と都合よく改変してます。
妄想万歳です。
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